西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
霧島神宮は、私の好きな神社の一つです。
宮崎に住んでいた頃にはよく行ったのですが、今年、久しぶりに拝観してきました。

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夏の霧島神宮はやはり良いですね。
セミの声と杉の木との共鳴が非常に心地よい音色を醸しだし、俗世で汚れた心を清浄にしてくれるような感じがします。

そして、霧島神宮の帰路に立ち寄ったのが、東霧島神社です。
東霧島神社は「ひがしきりしまじんじゃ」とは読みません。「つまきりしまじんじゃ」と読みます。
「つま」とは「東(あづま)」が訛ったもののようですね。

霧島神宮が鹿児島県にあるのに対して、東霧島神社は宮崎県の都城市にあります。
今回初めて拝観したのですが、とても良い神社で感動しました。
近年はパワースポットとしても有名な神社のようですが、非常に神秘的で、かつパワーを体にもらえるような気がしました。

境内の中を少し紹介します。
下記の写真は「神石」というものです。

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これはイザナギの尊が妻イザナミの尊が亡くなったことを悲しみ、その涙で凝り固まった石だと言われています。
ただ、ご覧のように、この石はまるで鋭利な刃物で斬ったかのように真っ二つに割れています。
これはイザナギの尊が、この悲しみに満ちた石を斬ることで、自分が遭遇したような深い悲哀を人々が再び味わわないように念じるためであったという伝説があるのだそうです。
この伝説を裏付けるかのように、ものの見事に割れていますよね。

そして圧巻は本殿に続くこの石段です。

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天然石を積み上げて作られたこの石段は、「振り向かずの坂」とも呼ばれており、霧島の神に対して願掛けした鬼が一晩で作り上げたものと伝えられているそうです。
また、「振り向かずの坂」とも呼ばれる所以は、振り向かずに登り切ると願いが叶うと言われているからだそうですが、ちゃんと説明板を読んで登らなかった私は、何度も何度も振り返ってしまいました(苦笑)。

そして、登り切ったところに拝殿・本殿がありますが、最近多い近代的な建物ではなく、長年引き継がれているであろう大変厳かなものでした。

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こういう神社に拝観すると、何だかご利益があるような気がします。
なお、足が悪い方でも拝観できるように、階段ではない参道が別にありますが、少し坂が急なのでお年を召した方には少し辛いかもしれません。

ちなみに、東霧島神社ではなく霧島東神社という神社もありますので、拝観の際はお間違えなく。

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【2017/09/22 12:10】 | 旅行
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今年のお盆休みは長期間の休暇が取れましたので、宮崎を拠点に九州南部をあちこちまわってきました。
毎年のことですが、その際には鹿児島まで足を運び、黎明館の企画展「小松帯刀とその時代」も見学してきました。

小松は近年脚光を浴びている人物ですね。
小松の功績を考えれば当然のことですが、何故かこれまでは陰に隠れているような状態が続いていました。
おそらくどうしても西郷と大久保というビックネームが前に出て来てしまうからでしょうね。

黎明館を見学した後は、いつもの「味のとんかつ 丸一」に立ち寄り、上ロースカツ定食(2,100円)(写真)を食べてお腹一杯。

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何度食べてもここのとんかつは美味いの一言です。

そして、宮崎への帰路、鹿児島県民御用達の「AZ(エーゼット)はやと店」に寄ってきました。
よくテレビ番組でも紹介されているのでご存じの方も多いかと思いますが、超大型のスーパー兼ホームセンターです。
店名のAZの由来は、アルファベットのAからZまで、つまり何でも揃うというのが、このお店のウリで、何と! 車まで売っています(笑)。

最近写真を取り忘れることが多く、店内の様子をブログで紹介できないのが残念ですが、ほんとAZは見ているだけで楽しいです。
鹿児島に住んでいたら週イチで行くかも?(笑)

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【2017/09/15 12:10】 | 旅行
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久しぶりのブログ更新です。
今年は春から夏にかけてとても多忙な日々を過ごしていましたが、去年の夏と同様に、別府に行ってきました!
別府と言えばこの人、油屋熊八翁がお出迎え。

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この銅像を見る度に別府に来たな、という実感がわきます。
油屋熊八は別府を日本一の温泉地にするべく奮闘努力しましたが、別府は断層に挟まれた地形であるため、あれだけ豊富な温泉が湧き出しているみたいですね。
だいぶ前にテレビ番組の「ブラタモリ」でやっているのを見て初めて知りました。

そして、大分と言えば、やっぱりハーモニーランド!

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このハーモニーランドで上演されているパレードパラレルは子供だけでなく、大人も必見です。
見ているだけで心がウキウキ・ワクワクして、ほんと楽しいですよ(^^)

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夜は別府タワーを眺めながら、旅の思い出に浸る。

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別府はやはり最高ですね。

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【2017/08/21 17:30】 | 旅行
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 前回は話がそれて紅茶やコーヒーの話になりましたが、今回の鹿児島旅での私のメインは、鹿児島県歴史資料センター黎明館で開催されていた企画展『幕末薩摩外交-情報収集の担い手たち-』を見学することでした。
 味のとんかつ丸一で美味しいとんかつを食べた後、市バスを利用し、急いで黎明館に戻った私は、『青少年「薩長同盟」フォーラム』が始まる少し前に、まずは駆け足で企画展『幕末薩摩外交』をざっと見学しました。

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 平成28年9月7日(水)付けのブログ「週末は歴史漬け②-薩長同盟論の現在-」でも書きましたが、今回の企画展『幕末薩摩外交』の一番の目玉として展示されていたのが、近衛家の別邸で、薩摩藩家老の小松帯刀が宿舎としていた「御花畑」の絵図です。

 再掲しますが、この「御花畑」の研究に先鞭を付けたのは、鹿児島出身の歴史作家・桐野作人先生です。
 2016年8月8日付けの「さつま人国誌」(第421回)によると、桐野先生は随分以前から「御花畑」があった場所を探されており、2008年、薩摩藩士であった葛城彦一の伝記『薩藩維新秘史 葛城彦一伝』の中に、「近衛家室町頭之御花畠御屋敷」という記述を発見し、御花畑が「室町頭」にあったことを突き止められたのを皮切りに、歴史地理学者・中村武生先生の調査結果などが加わり、「御花畑」の研究は一気に加速して進みました。

 そして、極め付けだったのが、今年の平成28(2016)年1月、鹿児島県歴史資料センター黎明館所蔵の「玉里島津家史料」から、この「御花畑」の絵図が発見されたことでした。
 この絵図の四方には、場所の特定できる書き込みがあったことから、これにより御花畑の位置が正確に判明するに至りました。(中村武生先生の比定では、御花畑は「鞍馬口通室町東入ル小山町」ということです)
 事の次第は以上のような形ですが、では、なぜこの御花畑が重要なのかと言いますと、この場所が、小松帯刀、西郷隆盛、木戸孝允、坂本龍馬らが一堂に会した、薩長同盟締結の場であったと考えられるからです。

 企画展『幕末薩摩外交』では、入口を入るとすぐに、「御花畑」の絵図の展示があり、この展示会の目玉展示であることが一目瞭然で分かりました。
 さすがは近衛家の別邸であった屋敷です。絵図からも、その屋敷の壮大さが分かります。
 前述のとおり、この御花畑は小松帯刀が宿所としていた屋敷ですが、国許の薩摩から藩主や上級層の人たちが上京して来た際には、その宿舎ともなっていたことから、準公邸(藩邸)の役割を兼ねていた屋敷と言えます。
 この御花畑に、長州からやって来た木戸孝允一行が滞在し、「薩長同盟」という、歴史を転換するような大きな盟約が結ばれたのですから、絵図を見ているだけで、様々な想像が膨らんできますね。

 『青少年「薩長同盟」フォーラム』終了後、この企画展を担当された黎明館の町田学芸員による展示解説が開催され、私もそれに参加したのですが、今回の『幕末薩摩外交』は、いつもの企画展以上に、展示史料がとても充実していたように感じました。
 展示史料のほとんどは、「玉里島津家史料」からのものでしたが、今回、幸いなことに重要文化財に指定されている、「大久保利通関係資料(慶應2(1866)年4月1日付け、大久保利通宛て小松帯刀書簡)」も見ることが出来ました。

 文部科学省(文化庁)が定めている「国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項の制定について」によると、国宝及び重要文化財は、「原則として公開回数は年間二回以内とし、公開日数は延べ六〇日以内とする」と定められているため、会期が二ヶ月以上にも及ぶ長い展示会では、会期中、重要文化財をずっと展示することができません。
 そのため、今回の『幕末薩摩外交』では、大久保利通関係資料は二回の期間に分けて展示されていたのですが、ちょうど私が見学した8月11日(木)は、第二回目の展示初日でしたので、とてもラッキーでした。前日であったら、見られなかったわけですからね。

 また、余談ですが、黎明館の町田学芸員は、ほんとお話が上手な方だな、と思いました。
 展示解説に参加された方の中には、おそらく幕末史にそれほど詳しく無い方もおられたと思うのですが、そんな人たちにも分かりやすく、そして丁寧に、薩摩藩の幕末史の流れを簡潔にお話されていましたので、感心と言うと、何だか上から目線で恐縮ですが、とても感動しました。

 これまで5回に渡り、今年の鹿児島旅行のことを書いてきましたが、今回の鹿児島旅も大変充実したものになりました。
 鹿児島は何度訪れても良いですね。
 鹿児島の地に居るだけでも何だかワクワクしますが、訪れる度に新たな発見があります。
 2018年には西郷隆盛が主役となるNHK大河ドラマも放送されますので、これまで以上に一層鹿児島にスポットライトが当たるのではないでしょうか。
 まだ鹿児島に足を運ばれたことの無い方には、是非一度、鹿児島を訪れて、西郷や大久保、そして幕末・維新史にゆかりの土地を巡って頂きたいな、と率直にそう思います。

 そうそう、旅の最後は、やはり鹿児島グルメで締めましょう。
 鹿児島から宮崎への帰り道、私の大好きな「吹上庵」に寄り、「黒豚つけそば(900円)」を食べて帰りました。
 このお蕎麦、つけ出汁とのバランスが最高なので、是非一度ご賞味あれ!

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吹上庵の「黒豚つけそば」(900円)

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【2016/10/27 18:30】 | 旅行
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 前回書きました『青少年「薩長同盟」フォーラム』ですが、入場者の先着50名限定で紅茶のティーパックのプレゼント(画像)があり、無料配布が好きな大阪人の私も当然その列に並び(笑)、プレゼントを受け取ったのですが、その時、ふと思い出したことがありました。

 薩摩藩がイギリスに向けて留学生を派遣するきっかけを作ったのは、NHKの朝の連続ドラマ『あさが来た』で有名になりました五代才助(友厚)と言えます。
 彼がその留学生派遣計画を藩に対して上申した際、その他にも様々な近代事業を藩内で推進するよう提言しているのですが、その中の一つとして、藩内で「紅茶」を製造するよう進言しています。
 その部分を少し抜き出してみると、次のとおりです。


早々御領国中一般に茶座御取立有之、大郷は二、三ヶ所、小郷は壱ヶ所づゝ、茶製館被召建、左に製法相記候紅茶御製法有之候はば、是迄御商法相成候青茶より、品位の高下により直段相異不申、勿論紅茶の義は製法至て簡易に有之、価も上下二つの区分を以、上品壱斤拾七八匁、下品拾四五匁と大概相究候ものに有之、青茶より余程高直に御座候間、夫丈けは御国益相増候様可有御座やと奉存候
(『五代友厚伝記資料第四巻』より抜粋)



 五代はこの建言書の中で、「領内に茶の製造所を作り、紅茶を製造することを勧奨します。なぜなら、紅茶は青茶(緑茶)と比べて、品質の高い・低いがそれほど問われず、製造もいたって簡単で、値段も上級、下級の二つの区分しかありません。そのため、紅茶を製造して販売すれば、大きな国益になると思っています」と書いており、抜粋はしませんでしたが、その後、紅茶の製法まで記しています。

 このように、五代は積極的に藩内で紅茶を製造するよう意見具申しているのですが、今回紅茶のプレゼントを手にした瞬間、ふと「五代の紅茶製造計画は、結局どうなったのだろう……?」と思い、フォーラム後に開かれた企画展「幕末薩摩外交」の展示解説後に、黎明館の町田学芸員に聞いてみましたが、長崎で試みたそうですが、余り上手くいかなかったとのこと。

 ちなみにですが、日本における紅茶製造の始まりは、『茶の日本史』(角山 栄著、中公新書)によると、明治7(1874)年3月に、内務省勧業寮農政課に製茶掛を設けたのに始まり、それは大久保利通による勧業奨励の一つであったそうです。
 同じく『茶の日本史』からの引用ですが、同明治7(1874)年、明治政府は「紅茶製法書」を各府県に配布して紅茶製造を奨励し、翌明治8(1875)年には中国から紅茶製造技術者二人を招き入れ、大分県の木浦、熊本県の人吉において、同地の茶業を営む者たちに紅茶製造法を習得させたそうです。
 また、その後、明治11(1878)年には、東京、静岡、福岡そして鹿児島(と言っても、現在の宮崎県延岡市です)に紅茶製造伝習所を設け、紅茶製造の普及をはかりました。

 このように明治に入ってからの新政府は、国内での紅茶製造に意欲を見せ、諸改革を行っているのですが、これら施策の元をただせば、五代が発案者と言えるかもしれませんね。
 私もちゃんと調べたことがないので何とも言えませんが、五代が大久保に対して「これからは紅茶製造で外貨を稼ぐ時代だ」みたいなことを言ったことがあったやもしれません。
 大久保は五代の盟友とも呼べる人物です。
 二人が大変親しく交際していた様子は、大久保の日記を見ればすぐに分かります。
 大久保の日記には、「松陰(五代の号)」という言葉が数多く出てきますし、その中には「今日松陰ト囲碁」なんていう記述も出てきます。
 大久保も五代も互いに囲碁好きです。将棋ではありませんが、二人は本当に「ウマがあった仲」だったのでしょう。

 これまた余談ですが、反対に五代と西郷隆盛は全く合いませんでした。
 西郷は人の好き嫌いがとても激しかった人物です。好きな人はとことん惚れ込みますが、一度嫌いになった人はケチョンケチョンにけなします(苦笑)。
 どうも西郷は武士でありながらも商人肌の人物が生理的に受け入れられなかったようですね。五代しかり、大隈重信しかりです。
 しかしながら、大変面白いことに、西郷の親友とも言える家老の桂久武と五代は、とても親交が深かったのですから不思議です。五代と桂の往復書簡がかなりの数残されています。
 こう考えると不思議ですよね、人の合う・合わないというのは。

 ちなみに、薩摩藩英国留学生と共にヨーロッパに渡った五代が、渡欧中にまとめた『欧行要集』という記録の中には、「紅茶」ではなく「コーヒー」についての売買相場や植え付け方法の記述が出てきます。


 印度地方コーヒー時価
一 コーヒー皮込、英百拾弐封度ニ付
上品 八拾四失位
下品 六拾四失位
 右は印度地方ニて買円候相場也。(以下略)

 右同コーヒー植付の大略
一 コーヒーは印度地方ニ於て、海面を抜凡千五百尺以上の山上、常ニ七拾度平均の温度にして、雨多く雲雨のしげきを好とす。植付より凡四ヶ年にして、実を可生。(以下略)
(『五代友厚伝記資料第四巻』より抜粋)



 五代は、紅茶の製造だけでなく、コーヒー栽培にも目を付けていたのです。
 いかに五代が同時代の中で先見性に秀でた人物であったかが、これをもってしても窺い知れるのではないでしょうか。
 明治維新150周年を迎えるにあたって、五代友厚は再評価すべき人物の一人だと思います。

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入場者プレゼント「薩摩スチューデントTEA」


(5)に続く

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【2016/10/18 12:30】 | 旅行
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大和
西郷さんに詳しいですね。今新潟におり、一昨日山形の酒田市南州神社に行ってきました。南州神社は勿論、町行く酒田市民に丁寧にされ感激しました。だけど此処は寒い。鹿児島の一番寒い頃の時期と同じ❗友達は凍死する前に帰ってこいでした。

酒田は良い街ですよね
tsubu
大和さん、初めましてこんにちは。

ブログへのコメント、ありがとうございます。
酒田の南洲神社には私も行ったことがあり、その際、職員の方に大変良く接して頂きました。
庄内地方における西郷人気は今でもとても高く、敬愛の情をもって西郷のことを語られる方が多いですね。

酒田は寒いようですから、風邪などお引きにならぬよう、気をつけてくださいね。

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 敷根火薬製造所跡を訪れた後、いよいよ目的地の鹿児島市内へと向かいました。
 鹿児島を訪れるのは約1年ぶりのことでしたが、桜島を見ると、鹿児島に来たという実感が沸きますね。

 我が前に 桜島あり 西郷も 大久保も見し 火を噴く山ぞ

 海音寺潮五郎が詠じた詩ですが、桜島を前にして、この同じ風景を西郷や大久保も見ていたのだと考えると、ほんと胸が熱くなります。

 さて、鹿児島市内に入った後、まずは南洲墓地に行き、西郷さんの墓参りを済ませました。
 ここも何度訪れても良い場所です。
 西南戦争で亡くなった人たちの墓を背景に見る桜島も感慨ひとしおです。

 その後、折角来たので「西郷南洲顕彰館」を見学し、目的地である黎明館に向かったのですが、黎明館に続く道は車で大渋滞!!!
 この日は8月11日(祝)。夏休みで子供向けイベントや展示会が開かれていたせいか、黎明館周辺は車で溢れかえっていました。
 何とか黎明館の駐車場に車を止めて時計を見ると、午前11時少し前。少し早かったのですが、お昼をとることに。
 そして、鹿児島に来たら、やっぱり「味のとんかつ丸一」に行かんとダメでしょ!

「味のとんかつ丸一」

 少し大げさですが、私は全国各地の数多くのトンカツをこれまで食べ歩いてきましたが、私が今まで食べた中でもベスト3に入るトンカツ屋さんです。
 最近は「るるぶ」などの観光ガイドブックに掲載されているため、観光客がわんさと押し寄せ、お昼は並ばないと食べられなくなってしまいましたが、それでも鹿児島に来ると、どうしても一回はこの丸一に行きたくなります。

 と、言う訳で、黎明館に車を止めた後、猛暑の中、鹿児島市役所前まで歩き、そこから市営バスを利用して、丸一のある高見馬場へと向かいました。
 お店の前に着いたのは、開店時間の20分前でしたが、案の定、開店前から店先に人が並んで待っています。
 この日、黎明館で開催される『薩長同盟フォーラム』は、午後1時からの受付開始(午後1時半開始)でしたので、まだ十分時間はあるため、行列に並ぶことに。
 そして、いよいよ開店時間の11時半!
 食べるぞ~!!! と、思いきや、開店と同時に10名以上の予約の団体客が最初に入ってしまい、少し待たされることに。。。
 でも、いいんです。待っても美味しいとんかつが食べられれば!

 そして、待つこと20分。ようやく入店し、ランチメニューではなく、通常メニューの「上ロースかつ定食(2100円)」を注文しました。
 丸一に来たら、私は必ず上ロースかつ定食を頼みます。値段は少し張りますが、それだけ出しても食べる価値は十分にあるとんかつだからです。

 そして、いよいよ来ました! 待ちに待っていた上ロースかつ定食が!
 丸一の上ロースかつは、とにかく分厚い!!!
 350gくらいはあるかと思うほどのビックサイズのとんかつなのですが、それに反して、肉はとても柔らかくジューシーで、豚の脂も甘くて美味しいのです。
 もう~、ご飯がススム君です(笑)。

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丸一の「上ロースかつ定食」

 丸一のとんかつは、肉にからしをたっぷり塗った上で、備え付けの自家製とんかつソースをたっぷりかけて食べるのが流儀です。
 ただ、女性や子供には少し量が多いかもしれませんので、注文する際は気をつけて下さい。(おそらく食べきれないのでは?)
 ちなみにランチメニューの「ロースランチ定食」は1,300円ですが、これでも十分に満足で美味しいですよ(^^)


(3)に続く

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【2016/10/04 12:30】 | 旅行
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 「いっちゃんラーメン」を食べ終えた後、今度は大分の有名な観光スポット、水族館「うみたまご」へと向かいました。史跡巡り、そしてラーメンの後は家族サービスです。
 連休中だったせいか、「うみたまご」は、人・人・人の超満員!
 駐車場に止められた車のナンバーを見ても、九州圏内だけでなく、全国各地から来ている人が多いようです。
 そんな人混みを見れば、本来ならすぐ帰りたくなるところですが、家族サービスのためと水族館は建物内が涼しいと自分自身に言い聞かせ(笑)、何とか入場しました。

 私自身、「うみたまご」は初めて行ったのですが、ここのイルカショーは必見だと思います。
 とにかく演技をするイルカたちと観客の距離が近い!
 イルカの泳ぐプールが小さい上に、周りを取り巻く観客席も少なく、観客のほとんどが立ち見の状態でしたので、人気の水族館にしては設備が不十分だな、と思っていたのですが、ショーが始まって、その理由が分かりました。
 臨場感を大事にするため、敢えて席数を少なくし、イルカとの距離を近くしているようです。
 ショーを見ているだけで、イルカの跳ねた海水がバシャバシャと降りかかってきますから注意が必要ですが、とても良いものが見られました。

 と、うみたまごで遊んでいる内に、現地1泊、船中2泊という旅行も残りあとわずかとなりました。
 大分県と言えば、別名「おんせん県」。
 最後は、やっぱり温泉でしめようと思い、フェリー乗り場付近で貸切の家族風呂がある温泉を探したところ、一軒の温泉施設を見つけました。

神崎温泉 天海の湯
http://tenkainoyu.com/

 神戸行きのフェリーが発着する西大分港の近くにあるこの温泉施設は、貸切の家族風呂専門の温泉なのですが、とにかく景色が最高です!
 場所が高台の上にあるため、湯船から豊後灘が一望できます。(画像)

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 また、家族風呂も内湯と露天風呂がついていて、1時間3000円ですから安いですよね。
 大分の真っ青な海と空を眺めながら、ゆったりまったりと露天風呂に浸かる……。
 まさに最高の贅沢を味わいました。

 そして、帰りのフェリーに乗船……の前に、忘れちゃいけないでしょう!
 大分に来たら「鶏のから揚げ」を食べないと!
 近年、「中津から揚げ」が有名になり、大分県が鶏王国であることが世に知られましたが、肉好きの私としては、最後にどこかでから揚げは食べて帰らないと、と思い、スマホで色々と検索した結果、

ポッポおじさんの大分からあげ
https://oita-karaage.com/

 というお店(チェーン店)を見つけ、フェリーの乗船前に、約5キロ近く車を飛ばして買いに行きました。
 大分県は鶏の消費量が全国一位だそうで、街のいたる所にから揚げ屋さんがあるのですが、フェリーの出航時間も迫っていたため、とにかく行って戻って来られるお店をと思い、ここをチョイスしました。
 ここのお店だけでなく、大分では当たり前のようですが、注文してから鶏肉を揚げてくれますので、アツアツでジューシーなから揚げが食べられます。
 ポッポおじさんの大分からあげは、チェーン店とは言え、味も良く、とても美味しかったです!(食べるので必死だったので、画像がありません^^;)

 と、そんなこんなで、慌ただしく2016年7月の別府旅行は終わりを告げましたが、また別府に行きたいですね。

 I want to go to Beppu again!!

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【2016/09/16 18:00】 | 旅行
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 私は晴れ男です。
 いきなり何のこっちゃと言われるかもしれませんが、私の場合、旅行する際は雨だったことがほとんどなく、たとえ雨の予報が出ていたとしても、外に出ると次第に晴れてくることが多いので、かなりの晴れ男だと自負しています。
 実は今年の別府旅行も雨の予報続きでしたが、1日目は見事な快晴、そして2日目は朝から雨が降っていましたが、昼頃には止み、後に快晴となりました。

 やっぱり、俺は晴れ男だ!

 と、調子に乗り、気分が良かったせいかどうかは分かりませんが、その反動からか、別府市内を車で運転中、交通違反(一時停止違反)で警察に捕まりました(^^;
 言い訳かもしれませんが、はっきり言って、初めて通る観光客にはめちゃくちゃ分かりにくい一時停止が必要な道で、おそらく地元でも有名な検挙スポットなのでしょう、パトカーが物陰に隠れていたのです。
 世の警察に言いたいですが、ほんと待ち伏せして検挙するのは止めませんか?
 本来、警察とは事故や事件を防止するために存在しているのではないでしょうか?
 そうであれば、違反しそうな危ないポイントに堂々とパトカーを止めて姿を見せていれば、それなりに抑止力になり、事故等も減るはずなのに、そんな場所にコソコソ隠れ、待ち伏せして検挙するなんて、何だかおかしいと思うんですよね。
 待ち伏せしていた時に、もし事故が生じたら、警察は何と説明するのでしょうか?
 「たまたまそこに居ただけ」とでも言うんでしょうかね……。

 話がまたそれますが、私が住んでいる場所の近所にも有名な「警察待ち伏せスポット」があります。
 とある片側一車線同士の小さな交差点なのですが、交差点の手前の左右に一本ずつ路地があり、そこからも車が交差点の手前に進入してくるため、夕方はその交差点を左折する車でものすごく渋滞するところなのですが、その割には信号の青の時間がものすごく短いのです。
 そのため、いつも信号を2、3回待たないことにはその交差点を左折できないのですが、当然そうなってくると、黄色や赤になる直前・直後で左折しようとする車が増えますよね。
 もうお分かりだと思いますが、その交差点を左折したところに警官が隠れているのです。
 そして、そんな微妙なタイミング(?)で左折した車に対し、「はい、信号無視」と検挙するわけです……。

 これもおかしいですよね?
 そんなところに隠れるより前に、信号の時間を調整しろ! って言いたいです。

 青の信号がもう少し長ければ、渋滞もだいぶ緩和され、赤で進入する車も減ると思うんですよね。
 しかも警察が隠れているのは、渋滞する夕方の時間帯だけですから、何だか悪意さえ感じてしまいます。
 また、検挙された車が止まることにより、さらに交差点の渋滞が増すと言う悪循環。。。
 地元では有名なスポットなので、地元の人は引っかかりませんが、地元以外の人は数回の信号待ちでイライラするためか、検挙されている人が多いです。

「左折したところに警官が隠れてますよ~!」

 って、交差点手前でプラカードを持って立ちたいくらい、ほんと捕まる人が気の毒で仕方ないです。
 確かに、交通違反を犯した者が悪いのは当たり前で、まずはそれを反省するべきではありますが、何だか警察の検挙の仕方が、本来の警察の趣旨・目的と違っていると言うか、納得がいかないことが多いです。

 と、またもや話は大きくそれましたが、2日目の朝から油屋熊八関連の史跡めぐりをして、警察に捕まった後、お口直しに(←不適切な表現ですが^^;)お昼はラーメンを食べに行くことにしました。
 向かった先は、別府の北方、亀川温泉にある「ラーメンいっちゃん」です。

 ここは元幕内力士の琴別府関がラーメンを作っているということで、地元では有名なお店です。
 実は昨年、このお店近くの宿に宿泊したので、夜に食べに出かけたことがあるのですが、残念ながらその時はスープが品切れということで食べられず、今回はそのリベンジも兼ねて再訪することにしました。
 お店の入口に入るとすぐに、現役時代の琴別府関の化粧まわしが飾られています。
 お店自体はカウンター中心の小さなお店なのですが、お昼時だったせいもあり、たくさんのお客さんで賑わっていました。

 私が注文したのは、このお店イチオシの「いっちゃんラーメン」(大盛り)です。

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 このお店のラーメンは、「豚骨」か「味噌豚骨」のどちらかを選べるようになっているのですが、今回はノーマルの「豚骨」にしました。
 カウンター越しに厨房の中を覗き見ると、際立って大柄な男性、そう琴別府関がラーメンを作られています。
 元力士と言えば、やはり「ちゃんこ鍋」を想像しますが、ラーメンを作る様もピッタリと板についていましたね。

 さて、待つこと約5分。待望の「いっちゃんラーメン」が登場!
 画像を見て頂ければ分かりますが、「いっちゃんラーメン」はボリューム満天です!
 他のお店の大盛りラーメンよりも麺自体が多いこともさることながら、丼の上にはデカいチャーシューが一枚鎮座し、その他、キクラゲ、味付け卵、もやし、ワンタンまで入っている豪華絢爛なラーメンです。
 でも、値段は大盛りで750円(ノーマルなら650円)です。
 大阪・東京あたりだと大盛りにすれば1000円もするラーメンもザラにありますから、とても良心的と言えるのではないでしょうか。

 麺ですが、中太のストレート麺でコシがあり、少し噛みごたえがあるものです。
 スープは、おそらく熊本系でしょうね、少々こってりした味ですが、麺との相性は抜群で、何よりもチャーシューが大きいだけではなく、とても柔らかくて美味しかったです。
 味そしてコストパフォーマンス共に、とても優れたお店だと思いました。家の近所にあったら、常連になりたい味ですね(^^)


(4)に続く

【2016/09/14 18:00】 | 旅行
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 1日目の宿と言うよりは、船中泊を除いた唯一の現地泊の宿ですが、別府の有名な温泉地・鉄輪温泉(かんなわおんせん)の小さなホテルに宿泊しました。
 宿泊料がとてもリーズナブルな宿でしたので、部屋もそれほどキレイではなく、情緒も余りありませんでしたが、温泉は源泉かけ流しで良いお湯でしたので、温泉好きの私はとても満足しました(^^)

 鉄輪と言えば、やはり「地獄めぐり」を思い出しますが、以前、このブログにも書きましたが、「地獄めぐり」と言えば、油屋熊八(あぶらや くまはち)のことを書かずにはいられません。
 油屋熊八は、別府観光の基礎を作ったとも言える、別府ひいては大分県の観光業に多大な功績を残した人物です。

 熊八は別府の生まれではなく、愛媛県宇和島市の出身なのですが、明治44年、別府に亀の井旅館(現在の亀の井ホテルの前身)を開業して以後は、別府を日本有数の観光地に仕立て上げるべく、様々なアイデアを駆使し、事業を展開しました。
 熊八は、現在別府市内の目抜き通りとなっている「流川通り」の拡張を行い、当時主要な交通手段でもあった汽船停泊のための桟橋を別府港に作りました。
 また、熊八は、全国各地に別府の名を知らしめるべく、一大観光キャンペーンを繰り広げました。

「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」

 熊八が考案したキャッチフレーズですが、語呂も良く、印象に残る言葉ですよね。
 このように、熊八は「交通インフラの整備」と「観光キャンペーン」という、まさしく現代の観光事業にも通じる手法を取り、別府の街を盛り上げることに貢献しました。
 また、熊八は、別府観光の目玉を作るべく、日本初の女性バスガイドによる観光(遊覧)バスの運行を始めました。
 今では当たり前の女性バスガイド付きの観光バスは、実は別府で誕生したものだったのです。

 このように油屋熊八という人物は別府には無くてはならない人物ですので、別府市内には油屋熊八ゆかりの地が点在しています。
 下記の写真は、熊八が創設した観光バス乗り場の跡地に建てられている、「地獄めぐり遊覧バス発祥の地」の石碑です。

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地獄めぐり遊覧バス発祥の地

 この石碑には、当時のキャッチフレーズの一節なのでしょうか、次のような文句が刻まれていました。

 地獄めぐりは 亀の井バスよ
 乗ればニッコリ 乙女の車掌
 名所解説 節 面白ふ
 唄う車内の 和やかさ


 当時の光景が目に浮かぶような、情緒があって良い節ですね。
 当時の地獄めぐりの遊覧バスは、さぞ観光客を楽しませたものだったのでしょう。

 ちなみに、油屋熊八という人物は、別府で亀の井旅館を開業する前、アメリカに渡航経験があり、クリスチャンでもあったせいか、お酒は一滴も飲まなかったのですが、亀の井旅館でも、お客に対して酒類は一切提供しなかったのだそうです。

「旅館というものは体を休めるところであり、飲酒をしたいなら外で飲むか、他の旅館に行ってくれ」

 と言うのが熊八の口癖であり、彼のポリシーだったようですね。

 今以上に当時は、

 温泉 =(イコール) 宴会

 という図式が当たり前だった時代だと思いますので、その中でとても思い切ったことをしたものです。
 確かに、旅館でお酒を飲んでどんちゃん騒ぎしている大人たちを見ると、少し旅情が失われると言いますか、ちょっと興醒めする時ってありますよね。
 熊八は、そういった旅人の心情にも配慮していたのかもしれません。

 また、JR別府駅前には、一風変わった油屋熊八の銅像が建てられています。(下記画像)

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油屋熊八銅像

 当日は雨だったため、少し写りが悪いのですが、少し変わった銅像だと思いませんか?
 銅像の副題でしょうか、その台座には、

「子どもたちをあいした ピカピカのおじさん」

 というフレーズが刻まれていました。
 ネットで検索してみると、この銅像は、彫刻家の辻畑隆子氏の手によって2007年に建立されたもので、熊八が小さな鬼がぶら下がっているマントをなびかせて両手を上げているのは、天国から舞い降りた姿を表しているのだとか。
 私は満面の笑みで、バンザイをして観光客を迎えている姿を表現しているのかと思っていたのですが、少し意外な理由でした。(何だかそっちの方がしっくり来ませんか?)

 今まで書いてきた別府だけでなく、熊八は、今でも大人気の温泉地である由布院の開発にも力を注ぎ、現在観光地として由布院が成り立っているのは、彼の功績の一つと言えるかと思います。
 以上のようなことから考えると、油屋熊八という人物は、大分県にとっては大恩人とも言うべき偉大な人物だと思います。
 またもや油屋熊八のことばかりになりましたが、油屋熊八という人物は、私にとって興味津々な人物ですので、また折を触れて彼のことを書いていきたいと思っています。


別府地獄組合:ようこそ「地獄」へ(←名前がスゴいですね・笑)
http://www.beppu-jigoku.com/

(3)に続く

【2016/08/25 17:16】 | 旅行
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 前回は何だか話が違う方向に行きましたが(^^;、今年も昨年と同様に、神戸から大分行きのフェリー「さんふらわあ」を利用して、現地の別府1泊、行き帰りの船中2泊という強行スケジュールで大分県を旅してきました。

 今回は子連れの旅行だったので、「さんふらわあ」で泊まった部屋は、その名も「キティちゃんルーム」
 なぜ「キティちゃんルーム」なる部屋が大分行きのフェリーの中にあるのかは後ほど説明するとして、この部屋はキティちゃんグッズで溢れかえっています。備え付けのテーブルからコップ、そして布団カバー、時計、ティッシュカバーなどなど、あらゆるものが全てキティちゃんグッズで揃えられているので、特に小さな女の子は楽しめると思います。

 しかし、何度乗っても船旅は楽しいですね。私は船旅大好き人間なので、フェリーに乗るといやがおうにもテンションが上がります。
 飛行機のようにアッと言う間に現地に着くのも楽と言えば楽ですが、時間が許せば、ゆったりのんびりと現地に向かうフェリーも味わい深くて良いですよ。

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フェリー「さんふらわあ」

 さて、約12時間の船旅の末、フェリーは西大分港に到着。
 マイカー込みでの乗船でしたので、下船後は一路国道10号線を別府方面に向けて北上しました。
 まだ午前7時半頃と時間も早かったため、まずは朝食を摂ることにしましたが、九州ではメジャーなJoyful(ジョイフル)というファミリーレストランに入りました。
 確か350円くらいだったと思いますが、トーストやソーセージ、目玉焼きにサラダなどが付いたモーニングセットにドリンクバーまで付いてこの値段ですから安いですよね。
 私も宮崎に住んでいた頃、職場近くにJoyfulがあったので、1コインの日替わりランチで大変重宝した記憶があります。

 さて、朝食を食べ終え、向かったのは別府の北方、日出町(ひじまち)にある「ハーモニーランド」です。
 余りメジャーな施設ではないため、聞いたことがないかもしれませんが、大分県には「ハーモニーランド」と呼ばれるサンリオキャラクターが主役のテーマパークが日出町にあるのです。
 サンリオキャラと言えば、まず思い浮かべるのがキティちゃん。
 そう、大分行きのフェリー内に「キティちゃんルーム」なる部屋があるのは、こういった理由からなのです。

 そのハーモニーランドですが、自然に囲まれた広大な敷地内にあり、東京ディズニーランドやUSJのように訪問客もそれほど多くなく、ゆっくりと見てまわって遊べます。アトラクションや乗り物もほぼ待ち時間無しで利用できますから最高ですね。
 また、ハーモニーランドでは、全天候型の屋根付き円形ステージで上演されている「パレードパラレル」というダンスパレードが毎日あるのですが、これがめちゃくちゃ楽しい!
 私たち親子も今回が2度目の観覧でしたが、大人でも十分に見て楽しめます(^^)
 個人的には、ディズニーランドやUSJに行って人混みや行列で疲れるよりも、ハーモニーランドでゆっくり遊ぶ方が何十倍も楽しめますね。

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ハーモニーランド「パレードパラレル」

 さて、ハーモニーランドで夕方頃までたっぷり遊んだ後は夕食です。1日目の夕食は別府市内にある「お食事処 とよ常」という、海鮮居酒屋に向かいました。
 このお店は、エビが二匹入った「特上天丼(750円)」(画像)が有名で、観光客に人気の高いお店です。
 お店には開店時間の午後5時少し前に行ったにもかかわらず、既に待っているお客さんが数組いました。
 もちろんここではイチオシメニューの特上天丼を注文して食べたのですが、確かにこの内容で750円は安いと思いますが、個人的には味・ボリューム共に少し物足らないかな、という感じです。
 それよりも刺身定食(1200円)の方がお得感と満足感がありますね。
 この刺身定食、四種類の刺身に加えて、カレイのから揚げ、小さな焼き魚にひじきやもずく酢、ご飯、赤だしまで付いてこの値段ですから、コストパフォーマンスはとても高いと思います。

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とよ常の「特上天丼」

 また、もちろん大好物の大分名物「りゅうきゅう」や「とり天」も注文して食べました。
 まず、「りゅうきゅう」ですが、魚が一種類しか入っておらず、少し拍子抜けしました。魚の切り身を甘口のしょうゆ、酒、ゴマなどをベースにしたタレに漬け込んで食べるのが、いわゆる「りゅうきゅう」ですので、魚が一種類であっても、りゅうきゅうであることに間違いは無いのですが、色んな魚が数種類混ざっている方が、味に深みが出て美味しいような気がします。
 また、「とり天」ですが、味は良かったのですが、ここのとり天は、とり天であって、とり天ではないですね。
 まず、とり天に甘酢がかかっていて、タルタルソースが添えられ、それにつけて食べるスタイルです。
 いわゆる宮崎の「チキン南蛮」にものすごく近い味ですので、いわゆる王道のとり天とはほど遠く感じました。(味は美味しいので、これはこれでアリなのかもしれませんが)

(2)に続く

【2016/08/18 17:21】 | 旅行
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