西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
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先日のゴールデンウィークに鹿児島に行った際、鹿児島市内の某古書店に立ち寄ったのですが、そこで鮫島志芽太さんの著書『西郷南洲語録-決断力・行動力をどう身につけるか』を見つけました。

鮫島志芽太さんは、今から7年前の平成19年5月に既にお亡くなりになられていますが、鹿児島の南日本新聞の元記者で、退職後は西郷隆盛を中心に、鹿児島の歴史に関する著作を数多く著した、西郷研究家の間ではとても著名な人物です。
その著作の中でも代表的なものを挙げると、

『日本でいちばん好かれた男―ねうちある生きかたを求めて』
『国にも金にも嵌まらず―西郷隆盛・新伝(上・下)』
『西郷隆盛の世界と国の運命・人の運命』
『西郷南洲の真髄―その人望と言行の独自性』

などがあります。
また、その他にも、西郷南洲顕彰会発行の『敬天愛人』誌に数多くの論考をお書きになられています。

鮫島さんの著作については、私も好きで昔よく読みましたが、今回発見した『西郷南洲語録-決断力・行動力をどう身につけるか』については未読であったため、購入しようとしたのですが、値段を聞くと、定価550円の新書サイズの本が何と1800円もしたのです。
見たところ本の状態も余り良くなく、新書本が1800円とは高額過ぎると考え、その時は買わなかったのですが、大阪に戻ってきてから、どうにも欲しくなってしまい、amazonの古書で値段を調べると……、何と3万円以上もするではありませんか!

最近特に思うのですが、amazonやその他のネットオークションの古書の値段は、めちゃくちゃですね。
古書でも希少価値がある本が高いのは理解できますが、そうではないものまで高額で売られているのをよく見かけます。
確かに、世の中にはいくら出しても欲しい人がいるわけで、そういった人達の足元を見るような、どうも儲けばかりを考えているとしか思えない本が非常に多いです。
ブックオフなんかに行くとよく見かけますが、100円コーナーでスマホ片手に古書の相場を調べている人がいますね。
いわゆる「せどり」です。
100円コーナーの中に古書相場が高い本が無いかを一冊ずつ調べ、そこで安く仕入れて、オークション等で高く売るというわけです。
そういった光景を目にすると、いつも何だか複雑な気分になりますね。

閑話休題。
話が少しそれましたが、鮫島さんの本については、まさかamazonで買うわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、何とこれまた偶然に、大阪市内の古書店に在庫があることが分かり、しかも値段が1000円と安かったので、早速購入しました。
結果的に鹿児島で買わなくて正解でした。まさに灯台もと暗しですね。(ただ、本当は1000円でも少し高い気がしますけどね)

さて、『西郷南洲語録』についてですが、まだ途中なのですが、私としてはとても面白く読んでいます。
その内容は、西郷が書き残した漢詩や手紙、そして語った遺訓などの中から、人生の教訓になりそうなものを厳選して紹介し、分かりやすく解説を加えたものです。

私も齢を重ねて、最近つとに思いますが、歴史とは人が生きていく上で、とても大切な指針となるべきものだと感じられてなりません。
歴史を学び、そして様々な事件や出来事、歴史上の人物が直面した問題や抱いた悩み、そしてそれをいかに克服し、行動したのかなどを知ることによって、自らの人生の振り返る機会にもなりますし、また今後の人生の指針になるべきものを見いだすことも出来ます。

『大鏡』や『増鏡』のように、古来歴史書に「鏡」という名が付いたのは、歴史とは人間自身を写す鏡でもあったからだと思います。
歴史に照らして、これまでの己の生き方を俯瞰し、自らに足りなかったものやこれから必要なものを自覚する。
歴史を知るということは、これからの生き方を知ることでもあると私は思います。
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【2014/05/28 12:20】 | 雑感
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久しぶりのブログ更新です。
別段体調が悪かった訳でもないのですが、ブログって、難しいですよね。
なかなか書く話題が見つからなくて(^^;
毎日更新している人は、ほんとスゴイなあ、と思います。

さて、今年のゴールデンウィークに久しぶりに鹿児島に行くことにしました。
一年ぶり?でしょうか、久しぶりの鹿児島行きなので今から楽しみにしています(^^)
余り時間は無いのですが、今回は久しぶりに「西郷野屋敷跡」に行こうかと思っています。
鹿児島市内に西郷の屋敷跡はいくつかありますが(いずれも建物は残っていませんが)、西別府町にある「西郷野屋敷跡」は、青年期の西郷の生活を身近に感じられる唯一の場所とも言えます。

西郷家に限らず、当時の薩摩の下級武士たちの家計は、みな火の車と行って良いほど困窮し、貧乏に堪え忍ぶような生活をしていました。
西郷家の身分は士分でも下から二番目の御小姓組であり、その禄高は四十七石でしたが、幕末の頃には無高に近い状態であったと言えるでしょう。
そのため、西郷家では家計の足しにするべく開墾をしたわけです。
働かざる者喰うべからずと言うよりも、武士であったとしても、開墾でもしなければ食べて行けなかったのでしょう。
「西郷野屋敷跡」は、そんな若き日の西郷が汗水流して働いた場所であり、また西南戦争時には糸子夫人ら西郷家の家族が避難した場所でもありました。

と、言うわけで、久しぶりに野屋敷跡に行ってみたいと思います。
皆さんも良い休暇を!

【2014/05/02 08:28】 | 雑感
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