西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
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 だいぶ前の2月のことですが、家族で福岡旅行(博多および小倉)に行ったのですが、その時、博多の繁華街の中で、偶然にも西郷隆盛関係の石碑と出会いました。
 下記の写真がそうですが、石碑には「西郷南洲翁隠家乃跡」と書かれています。

 なぜ博多に西郷の隠れ家があるのか?

 と思い、大阪に戻ってから、インターネットで調べてみたところ、この石碑が建っている場所にはその昔醤油商の醤油蔵があり、そこを西郷が隠れ家としていたと書いてあるブログをいくつか発見しました。
 それらブログによると、「西郷と月照が隠れていたetc……」という感じで書かれているものもありましたが、厳密に史実から言えば、「安政の大獄」の影響で月照が薩摩に落ちのびた際、西郷は月照と一緒に福岡には入っていません。
 西郷は下関において、一緒に逃避行を続けていた有村俊斎と同志の福岡藩士・北条右門(元薩摩藩士の木村仲之丞)に月照の身を託し、月照受入れのために先行して薩摩に向かっていますので、二人が一緒に福岡に入ったという事実は無いと考えられます。
 西郷が先行して薩摩に向かった後、月照一行は九州に渡り、博多では北条右門の居宅等に潜居後、幕府の捕吏の目を避けるべく、博多近郊を転々として居を移しています。

 以上のような状況ですので、この石碑跡に建っていた建物に、西郷と月照が二人で潜んで隠れていたという事実は無さそうです。
 詳しく調べていないため確定的なことは言えませんが、この隠れ家と言われる場所は、西郷が先行して博多に入った際に宿泊した場所(または西郷が博多に滞在する際に定宿としていた場所)ということになるのかもしれませんが、遅れて博多に入った月照もここに隠れていたという可能性もありますね。
 ともあれ、「月照の薩摩入り」に縁の深い場所であったとしたならば、北条右門ゆかりの場所であったことは間違いないと言えるかもしれません。

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「西郷南洲翁隠家乃跡」碑
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【2016/07/26 12:03】 | 史跡巡り
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