西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
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 2018年のNHK大河ドラマ『西郷(せご)どん』ですが、主役の西郷隆盛役に、どうやら俳優の鈴木亮平さんが決まったようですね。
 脚本が朝ドラ『花子とアン』を書いた中園ミホさんなので、以前のブログにも書きましたが、花子の夫を好演した鈴木亮平さんが選ばれたのも納得です。
 私の予想では、鈴木さんは「▲(単穴)」でしたので、まあ一応は的中としておきましょう(^^)


18年大河「西郷どん」主演は鈴木亮平 中園ミホさんとタッグ再び(yahooニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161031-00000079-spnannex-ent


 また、鈴木さんが西郷に決まったということは、朝ドラで花子を演じた吉高由里子さんが再び妻(イト夫人)を演じる可能性も現実味を帯びてきました。
 果たして、どうなるでしょうか?

 また、大久保利通役についてですが、鈴木さんは身長186㎝もあるようですので、釣り合いがとれる俳優となると、かなり限定されてきたような気がします。
 私は以前のブログで下記のとおり予想しましたが、

 本命◎:伊勢谷友介さん(180㎝)
 対抗○:鈴木亮平さん
 単穴▲:森山未來さん(172㎝)
 連下△:柄本 佑さん(182㎝)
 大穴 :ディーン・フジオカさん(180㎝)


 森山未來さんは完全にアウトですし、伊勢谷さん、ディーン・フジオカさんでも6㎝違ってきますから、どうでしょうか?

 そうなると、以前に予想したメンバーから言えば、斎藤 工さん(184㎝)、柄本 佑さん(182センチ)あたりの可能性もあるような気がします。
 特に、斎藤 工さんは、過去に大河ドラマの出演経験もあるので(江〜姫たちの戦国〜、八重の桜)、最近の「イケメン大河」から考えると、可能性はあるかと思います。(大久保役にしては線が細いと思いますが……)

 また、背が高く、以前に大河ドラマに出演経験がある若手俳優で絞れば、

 青木崇高さん(185㎝)
 速水もこみちさん(186㎝)
 要 潤さん(185㎝)
 小栗 旬さん(184㎝)
 松坂桃李(183㎝)
 向井理(182㎝)

 くらいかな、と思いますが、この中でも青木崇高さんは大久保役が似合いそうな気がしますね。

 と、言う訳で、再度、大久保役を予想し直しました。

 本命◎:青木崇高さん
 対抗○:斎藤 工さん
 単穴▲:柄本 佑さん
 連下△:要 潤さん、速水もこみちさん


 結果を楽しみに待ちたいと思います(^^)
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【2016/10/31 18:30】 | NHK大河ドラマ「西郷どん」
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 前回は話がそれて紅茶やコーヒーの話になりましたが、今回の鹿児島旅での私のメインは、鹿児島県歴史資料センター黎明館で開催されていた企画展『幕末薩摩外交-情報収集の担い手たち-』を見学することでした。
 味のとんかつ丸一で美味しいとんかつを食べた後、市バスを利用し、急いで黎明館に戻った私は、『青少年「薩長同盟」フォーラム』が始まる少し前に、まずは駆け足で企画展『幕末薩摩外交』をざっと見学しました。

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 平成28年9月7日(水)付けのブログ「週末は歴史漬け②-薩長同盟論の現在-」でも書きましたが、今回の企画展『幕末薩摩外交』の一番の目玉として展示されていたのが、近衛家の別邸で、薩摩藩家老の小松帯刀が宿舎としていた「御花畑」の絵図です。

 再掲しますが、この「御花畑」の研究に先鞭を付けたのは、鹿児島出身の歴史作家・桐野作人先生です。
 2016年8月8日付けの「さつま人国誌」(第421回)によると、桐野先生は随分以前から「御花畑」があった場所を探されており、2008年、薩摩藩士であった葛城彦一の伝記『薩藩維新秘史 葛城彦一伝』の中に、「近衛家室町頭之御花畠御屋敷」という記述を発見し、御花畑が「室町頭」にあったことを突き止められたのを皮切りに、歴史地理学者・中村武生先生の調査結果などが加わり、「御花畑」の研究は一気に加速して進みました。

 そして、極め付けだったのが、今年の平成28(2016)年1月、鹿児島県歴史資料センター黎明館所蔵の「玉里島津家史料」から、この「御花畑」の絵図が発見されたことでした。
 この絵図の四方には、場所の特定できる書き込みがあったことから、これにより御花畑の位置が正確に判明するに至りました。(中村武生先生の比定では、御花畑は「鞍馬口通室町東入ル小山町」ということです)
 事の次第は以上のような形ですが、では、なぜこの御花畑が重要なのかと言いますと、この場所が、小松帯刀、西郷隆盛、木戸孝允、坂本龍馬らが一堂に会した、薩長同盟締結の場であったと考えられるからです。

 企画展『幕末薩摩外交』では、入口を入るとすぐに、「御花畑」の絵図の展示があり、この展示会の目玉展示であることが一目瞭然で分かりました。
 さすがは近衛家の別邸であった屋敷です。絵図からも、その屋敷の壮大さが分かります。
 前述のとおり、この御花畑は小松帯刀が宿所としていた屋敷ですが、国許の薩摩から藩主や上級層の人たちが上京して来た際には、その宿舎ともなっていたことから、準公邸(藩邸)の役割を兼ねていた屋敷と言えます。
 この御花畑に、長州からやって来た木戸孝允一行が滞在し、「薩長同盟」という、歴史を転換するような大きな盟約が結ばれたのですから、絵図を見ているだけで、様々な想像が膨らんできますね。

 『青少年「薩長同盟」フォーラム』終了後、この企画展を担当された黎明館の町田学芸員による展示解説が開催され、私もそれに参加したのですが、今回の『幕末薩摩外交』は、いつもの企画展以上に、展示史料がとても充実していたように感じました。
 展示史料のほとんどは、「玉里島津家史料」からのものでしたが、今回、幸いなことに重要文化財に指定されている、「大久保利通関係資料(慶應2(1866)年4月1日付け、大久保利通宛て小松帯刀書簡)」も見ることが出来ました。

 文部科学省(文化庁)が定めている「国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項の制定について」によると、国宝及び重要文化財は、「原則として公開回数は年間二回以内とし、公開日数は延べ六〇日以内とする」と定められているため、会期が二ヶ月以上にも及ぶ長い展示会では、会期中、重要文化財をずっと展示することができません。
 そのため、今回の『幕末薩摩外交』では、大久保利通関係資料は二回の期間に分けて展示されていたのですが、ちょうど私が見学した8月11日(木)は、第二回目の展示初日でしたので、とてもラッキーでした。前日であったら、見られなかったわけですからね。

 また、余談ですが、黎明館の町田学芸員は、ほんとお話が上手な方だな、と思いました。
 展示解説に参加された方の中には、おそらく幕末史にそれほど詳しく無い方もおられたと思うのですが、そんな人たちにも分かりやすく、そして丁寧に、薩摩藩の幕末史の流れを簡潔にお話されていましたので、感心と言うと、何だか上から目線で恐縮ですが、とても感動しました。

 これまで5回に渡り、今年の鹿児島旅行のことを書いてきましたが、今回の鹿児島旅も大変充実したものになりました。
 鹿児島は何度訪れても良いですね。
 鹿児島の地に居るだけでも何だかワクワクしますが、訪れる度に新たな発見があります。
 2018年には西郷隆盛が主役となるNHK大河ドラマも放送されますので、これまで以上に一層鹿児島にスポットライトが当たるのではないでしょうか。
 まだ鹿児島に足を運ばれたことの無い方には、是非一度、鹿児島を訪れて、西郷や大久保、そして幕末・維新史にゆかりの土地を巡って頂きたいな、と率直にそう思います。

 そうそう、旅の最後は、やはり鹿児島グルメで締めましょう。
 鹿児島から宮崎への帰り道、私の大好きな「吹上庵」に寄り、「黒豚つけそば(900円)」を食べて帰りました。
 このお蕎麦、つけ出汁とのバランスが最高なので、是非一度ご賞味あれ!

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吹上庵の「黒豚つけそば」(900円)

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【2016/10/27 18:30】 | 旅行
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 前回書きました『青少年「薩長同盟」フォーラム』ですが、入場者の先着50名限定で紅茶のティーパックのプレゼント(画像)があり、無料配布が好きな大阪人の私も当然その列に並び(笑)、プレゼントを受け取ったのですが、その時、ふと思い出したことがありました。

 薩摩藩がイギリスに向けて留学生を派遣するきっかけを作ったのは、NHKの朝の連続ドラマ『あさが来た』で有名になりました五代才助(友厚)と言えます。
 彼がその留学生派遣計画を藩に対して上申した際、その他にも様々な近代事業を藩内で推進するよう提言しているのですが、その中の一つとして、藩内で「紅茶」を製造するよう進言しています。
 その部分を少し抜き出してみると、次のとおりです。


早々御領国中一般に茶座御取立有之、大郷は二、三ヶ所、小郷は壱ヶ所づゝ、茶製館被召建、左に製法相記候紅茶御製法有之候はば、是迄御商法相成候青茶より、品位の高下により直段相異不申、勿論紅茶の義は製法至て簡易に有之、価も上下二つの区分を以、上品壱斤拾七八匁、下品拾四五匁と大概相究候ものに有之、青茶より余程高直に御座候間、夫丈けは御国益相増候様可有御座やと奉存候
(『五代友厚伝記資料第四巻』より抜粋)



 五代はこの建言書の中で、「領内に茶の製造所を作り、紅茶を製造することを勧奨します。なぜなら、紅茶は青茶(緑茶)と比べて、品質の高い・低いがそれほど問われず、製造もいたって簡単で、値段も上級、下級の二つの区分しかありません。そのため、紅茶を製造して販売すれば、大きな国益になると思っています」と書いており、抜粋はしませんでしたが、その後、紅茶の製法まで記しています。

 このように、五代は積極的に藩内で紅茶を製造するよう意見具申しているのですが、今回紅茶のプレゼントを手にした瞬間、ふと「五代の紅茶製造計画は、結局どうなったのだろう……?」と思い、フォーラム後に開かれた企画展「幕末薩摩外交」の展示解説後に、黎明館の町田学芸員に聞いてみましたが、長崎で試みたそうですが、余り上手くいかなかったとのこと。

 ちなみにですが、日本における紅茶製造の始まりは、『茶の日本史』(角山 栄著、中公新書)によると、明治7(1874)年3月に、内務省勧業寮農政課に製茶掛を設けたのに始まり、それは大久保利通による勧業奨励の一つであったそうです。
 同じく『茶の日本史』からの引用ですが、同明治7(1874)年、明治政府は「紅茶製法書」を各府県に配布して紅茶製造を奨励し、翌明治8(1875)年には中国から紅茶製造技術者二人を招き入れ、大分県の木浦、熊本県の人吉において、同地の茶業を営む者たちに紅茶製造法を習得させたそうです。
 また、その後、明治11(1878)年には、東京、静岡、福岡そして鹿児島(と言っても、現在の宮崎県延岡市です)に紅茶製造伝習所を設け、紅茶製造の普及をはかりました。

 このように明治に入ってからの新政府は、国内での紅茶製造に意欲を見せ、諸改革を行っているのですが、これら施策の元をただせば、五代が発案者と言えるかもしれませんね。
 私もちゃんと調べたことがないので何とも言えませんが、五代が大久保に対して「これからは紅茶製造で外貨を稼ぐ時代だ」みたいなことを言ったことがあったやもしれません。
 大久保は五代の盟友とも呼べる人物です。
 二人が大変親しく交際していた様子は、大久保の日記を見ればすぐに分かります。
 大久保の日記には、「松陰(五代の号)」という言葉が数多く出てきますし、その中には「今日松陰ト囲碁」なんていう記述も出てきます。
 大久保も五代も互いに囲碁好きです。将棋ではありませんが、二人は本当に「ウマがあった仲」だったのでしょう。

 これまた余談ですが、反対に五代と西郷隆盛は全く合いませんでした。
 西郷は人の好き嫌いがとても激しかった人物です。好きな人はとことん惚れ込みますが、一度嫌いになった人はケチョンケチョンにけなします(苦笑)。
 どうも西郷は武士でありながらも商人肌の人物が生理的に受け入れられなかったようですね。五代しかり、大隈重信しかりです。
 しかしながら、大変面白いことに、西郷の親友とも言える家老の桂久武と五代は、とても親交が深かったのですから不思議です。五代と桂の往復書簡がかなりの数残されています。
 こう考えると不思議ですよね、人の合う・合わないというのは。

 ちなみに、薩摩藩英国留学生と共にヨーロッパに渡った五代が、渡欧中にまとめた『欧行要集』という記録の中には、「紅茶」ではなく「コーヒー」についての売買相場や植え付け方法の記述が出てきます。


 印度地方コーヒー時価
一 コーヒー皮込、英百拾弐封度ニ付
上品 八拾四失位
下品 六拾四失位
 右は印度地方ニて買円候相場也。(以下略)

 右同コーヒー植付の大略
一 コーヒーは印度地方ニ於て、海面を抜凡千五百尺以上の山上、常ニ七拾度平均の温度にして、雨多く雲雨のしげきを好とす。植付より凡四ヶ年にして、実を可生。(以下略)
(『五代友厚伝記資料第四巻』より抜粋)



 五代は、紅茶の製造だけでなく、コーヒー栽培にも目を付けていたのです。
 いかに五代が同時代の中で先見性に秀でた人物であったかが、これをもってしても窺い知れるのではないでしょうか。
 明治維新150周年を迎えるにあたって、五代友厚は再評価すべき人物の一人だと思います。

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入場者プレゼント「薩摩スチューデントTEA」


(5)に続く

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【2016/10/18 12:30】 | 旅行
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大和
西郷さんに詳しいですね。今新潟におり、一昨日山形の酒田市南州神社に行ってきました。南州神社は勿論、町行く酒田市民に丁寧にされ感激しました。だけど此処は寒い。鹿児島の一番寒い頃の時期と同じ❗友達は凍死する前に帰ってこいでした。

酒田は良い街ですよね
tsubu
大和さん、初めましてこんにちは。

ブログへのコメント、ありがとうございます。
酒田の南洲神社には私も行ったことがあり、その際、職員の方に大変良く接して頂きました。
庄内地方における西郷人気は今でもとても高く、敬愛の情をもって西郷のことを語られる方が多いですね。

酒田は寒いようですから、風邪などお引きにならぬよう、気をつけてくださいね。

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 前回は歴史話が全く無く、とんかつの話だけに終始してしまいましたが、今回、私が鹿児島を訪れたのは、黎明館で開催されていた企画展『幕末薩摩外交-情報収集の担い手たち-』を見学することがメインだったのですが、当日、併せて開催された『青少年「薩長同盟」フォーラム』という催し物にも参加して来ました。

 まず、青少年「薩長同盟」フォーラムのことから書きますが、全体が一部と二部の構成で、第一部は萩博物館の道迫真吾学芸員による講演、第二部は「現代版薩摩ステューデント」と「現代版長州ファイブ」によるフォーラムから成り立っていました。

 まず、「現代版薩摩ステューデント」と「現代版長州ファイブ」って何のこと?

 と、素朴な疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。

 昨年、平成27(2015)年は、薩摩藩から19名の留学生(正確には15名の留学生+4名の視察員)がイギリスに向けて旅立った150年目を迎える節目の年であったことから、そのことを記念するための事業の一環で、平成27年7月19日から29日の間、現代版の薩摩スチューデント(薩摩藩英国留学生)として、鹿児島からイギリスに向けて19名の学生を派遣したのです。
 同じく現代版長州ファイブというのも、長州藩から5名の留学生がイギリスに留学したことにあやかって行われている学生の海外派遣事業なのですが、それら二つの海外研修に参加した学生たちが集まり、第二部で『青少年「薩長同盟」フォーラム』と称して、報告会を兼ねたフォーラムが開催されました。
 コーディネーターは、以前黎明館で学芸員をされていた、現在は鹿児島県知事公室政策調整課で、明治維新150周年記念事業を担当されておられる吉満庄司さんでした。

 まず、第一部のことから書きますが、萩博物館の道迫真吾学芸員による講演については、長州藩士のイギリス留学に関する歴史的な背景や留学生たちの現地での生活、そして同じく薩摩藩から派遣されていた留学生たちとの交流などを中心に、分かりやすく話されていた印象です。
 次に、第二部のフォーラムですが、海外研修に出かけた学生諸君というのは、やはりしっかりした学生が多いですね。海外研修で得た経験や将来の夢などを熱っぽく語っていました。

 私自身も学生と触れ合う仕事をしている関係もあるので実感がありますが、海外留学を経験した学生の海外留学前と帰国後では、人間的に成長すると言いますか、海外で大きくもまれて一皮むけたとでも言いましょうか、その違いを感じることが多いです。
 今回の現代版薩摩ステューデントや現代版長州ファイブについては、派遣期間が非常に短いため、その効果は少ないと言えば少ないのでしょうが、海外に行くと行かないとでは大違いだと思います。

 私は、昨今流行りの「グローバル化」という言葉は余り好きではないのですが(何でもかんでも「グローバル」と名を付けりゃ良いと勘違いしていると思います。何事も中身が肝心!)、若者たちの海外留学や研修に関しては、積極的にどんどん行うべきだと思っています。
 海外の学生たちと積極的に交流を持つことは、日本の学生たちにとっても、ものすごく刺激になりますし、また、海外の学生と意見交換することで、自らの能力や考え方が今どれくらいのレベルであるのかを自分自身で再認識できる良い機会であると思います。
 現代版薩摩ステューデントと現代版長州ファイブの諸君には、若き日の西郷や大久保のように、青雲の志を持って、これから頑張って頂きたいですね。

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※写っているのは、三反園鹿児島県知事

(4)に続く

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【2016/10/11 12:30】 | 史跡巡り
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 敷根火薬製造所跡を訪れた後、いよいよ目的地の鹿児島市内へと向かいました。
 鹿児島を訪れるのは約1年ぶりのことでしたが、桜島を見ると、鹿児島に来たという実感が沸きますね。

 我が前に 桜島あり 西郷も 大久保も見し 火を噴く山ぞ

 海音寺潮五郎が詠じた詩ですが、桜島を前にして、この同じ風景を西郷や大久保も見ていたのだと考えると、ほんと胸が熱くなります。

 さて、鹿児島市内に入った後、まずは南洲墓地に行き、西郷さんの墓参りを済ませました。
 ここも何度訪れても良い場所です。
 西南戦争で亡くなった人たちの墓を背景に見る桜島も感慨ひとしおです。

 その後、折角来たので「西郷南洲顕彰館」を見学し、目的地である黎明館に向かったのですが、黎明館に続く道は車で大渋滞!!!
 この日は8月11日(祝)。夏休みで子供向けイベントや展示会が開かれていたせいか、黎明館周辺は車で溢れかえっていました。
 何とか黎明館の駐車場に車を止めて時計を見ると、午前11時少し前。少し早かったのですが、お昼をとることに。
 そして、鹿児島に来たら、やっぱり「味のとんかつ丸一」に行かんとダメでしょ!

「味のとんかつ丸一」

 少し大げさですが、私は全国各地の数多くのトンカツをこれまで食べ歩いてきましたが、私が今まで食べた中でもベスト3に入るトンカツ屋さんです。
 最近は「るるぶ」などの観光ガイドブックに掲載されているため、観光客がわんさと押し寄せ、お昼は並ばないと食べられなくなってしまいましたが、それでも鹿児島に来ると、どうしても一回はこの丸一に行きたくなります。

 と、言う訳で、黎明館に車を止めた後、猛暑の中、鹿児島市役所前まで歩き、そこから市営バスを利用して、丸一のある高見馬場へと向かいました。
 お店の前に着いたのは、開店時間の20分前でしたが、案の定、開店前から店先に人が並んで待っています。
 この日、黎明館で開催される『薩長同盟フォーラム』は、午後1時からの受付開始(午後1時半開始)でしたので、まだ十分時間はあるため、行列に並ぶことに。
 そして、いよいよ開店時間の11時半!
 食べるぞ~!!! と、思いきや、開店と同時に10名以上の予約の団体客が最初に入ってしまい、少し待たされることに。。。
 でも、いいんです。待っても美味しいとんかつが食べられれば!

 そして、待つこと20分。ようやく入店し、ランチメニューではなく、通常メニューの「上ロースかつ定食(2100円)」を注文しました。
 丸一に来たら、私は必ず上ロースかつ定食を頼みます。値段は少し張りますが、それだけ出しても食べる価値は十分にあるとんかつだからです。

 そして、いよいよ来ました! 待ちに待っていた上ロースかつ定食が!
 丸一の上ロースかつは、とにかく分厚い!!!
 350gくらいはあるかと思うほどのビックサイズのとんかつなのですが、それに反して、肉はとても柔らかくジューシーで、豚の脂も甘くて美味しいのです。
 もう~、ご飯がススム君です(笑)。

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丸一の「上ロースかつ定食」

 丸一のとんかつは、肉にからしをたっぷり塗った上で、備え付けの自家製とんかつソースをたっぷりかけて食べるのが流儀です。
 ただ、女性や子供には少し量が多いかもしれませんので、注文する際は気をつけて下さい。(おそらく食べきれないのでは?)
 ちなみにランチメニューの「ロースランチ定食」は1,300円ですが、これでも十分に満足で美味しいですよ(^^)


(3)に続く

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【2016/10/04 12:30】 | 旅行
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