西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
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少し間が空きましたが、宮崎史跡巡りの旅の5回目です。
「木崎原の戦い」関連の史跡を訪ねた後、折角えびのまで来たのですから、温泉に入って帰ろうと、京町温泉近くにある吉田温泉へと向かいました。

えびのの吉田温泉は、島津義弘とも縁が深く、宮崎県内でもとても古い温泉として知られています。
現在の吉田温泉には「鹿の湯」と「亀の湯」という二つの浴場があるのですが、吉田温泉「亀の湯」のwebページの説明によると、吉田温泉は、天文23(1554)年に霧島の大噴火により、昌明寺村山麓に大量の湯が湧出したところ、ある日矢傷を負った牝鹿が傷を癒していたころから「鹿の湯」という名がつけられたのが起こりとのことです。
島津義弘が戦で傷ついた戦傷病者をこの湯で治療させていたことから湯治場となり、現在に至るとのことです。
また、「亀の湯」の名の由来は、温泉の床が湯の成分により亀の甲羅のような姿をしていることから呼ばれるようになったそうですね。

実は、この吉田温泉に私が行こうと考えたのは、西郷隆盛が湯治に訪れたことのある温泉だからです。

時は遡って、明治2(1869)年5月18日。
この日は、箱館・五稜郭にたてこもって抗戦を続けていた榎本武揚以下旧幕府軍が新政府軍に対して降伏した日です。
これにより戊辰戦争と呼ばれる一連の内戦は終わりを告げたのですが、西郷隆盛も箱館まで薩摩藩兵を率いて出陣しています。
しかしながら、西郷が箱館に到着したのが5月25日のことで、つまり既に戦いは終わっていました。
そのため、西郷はすぐに箱館から引き返して、6月には神奈川の浦賀に戻ったのですが、新政府の残留命令を無視して、すぐに鹿児島へ向けて帰国しました。
その西郷が鹿児島に到着後、湯治に出かけたのが、この吉田温泉なのです。

西郷が吉田温泉に到着した正確な日付は分かりませんが、おそらく明治2(1869)年6月半ばあたりのことだったでしょう。
その当時の様子は、吉田温泉に滞在していた西郷が、7月8日に親友の桂久武宛てに出した手紙に詳しく書かれています。
以下、その手紙の内容を抜粋してみます。


長船中にて大いに草臥(くたびれ)候に付き、一封の御届も申し上げず、直様湯治御暇申し上げ候儀に御座候。(中略)暑気相避け候場所見合わせ、当所へ参り候処、大いに相応致すべしと此のたびの湯治は本道のはまりに相成り、先ず楽しみ事はつぎに相成り居り申し候。
(大和書房『西郷隆盛全集第三巻』より抜粋)


この手紙によると、西郷は箱館往復の船中旅で大いに疲労し、鹿児島に到着後すぐに避暑湯治に出たことが分かります。
また、その湯治場所として吉田温泉を選んだ理由は、「大いに相応致すべし」と書いていることから判断して、「大いに効能がある」ことを期待してのことだったことが、この後に続く文面から推測できます。
手紙は次のように続きます。


四五日跡より大熱発起いたし候に付き、如何成り行き候わんと案じ煩い居り申し候処、翌日より熱気相散じ腹痛に相変じ、難儀仕り候処、大瀉(くだ)しに相成り、是れ以て余程薄く相成り、所々腫物出来、湯当りの上腫物を発し候事にて、相応疑なしと至極相楽しみ居り候事共に御座候。
(大和書房『西郷隆盛全集第三巻』より抜粋)


この文面から察すると、湯治に来てからの西郷の体調は、ものすごく悪かったようです。
着いて4,5日経ってから高熱を発し、またそれが腹痛に変わったと思いきや、その後は腹をくだして、腫物まで出来ていると書いてあるのですから。
しかしながら、不思議なことに、西郷はそのことを「相応疑なしと至極相楽しみ居り候事共に御座候」と、「これからものすごく楽しみだ」、と書いています。
これはつまり、湯治を初めて数日後、体に変調をきたすのは、温泉の効果が出ているからだという説が昔からあるためで、西郷は発熱や腹痛、下痢は、逆に温泉の効能が出ている証だと捉えていたということです。
これは温泉の効能とも言われている「非特異的変調作用」の一つとでも言うのでしょうか。
つまり、自然治癒力が増したことによって、体が正常に戻る際のリバウンドが出ているという捉え方ですね。
西郷は続いて、24,5回は腹を下し、下血までしているが、「頓と気分は変わらず、却って快晴に相成り候」と書いていますので、西郷自身にとっては、体に変調が生じていても、とても気分の良い湯治生活だったのでしょう。

かなり前置きが長くなりましたが、こんな風に西郷が「気分快晴」と書いた吉田温泉には以前から行ってみたかったので、えびのまで足を伸ばしたついでに念願叶って行ってきました。

私が入浴したのは、「亀の湯」の方で、入浴料は何と300円です!
宮崎、鹿児島の温泉は、ほんと安いですね~。
大阪ならスーパー銭湯でも800円くらいしますし、ちょっとした日帰り温泉でも行こうものなら1000円は取られることを考えれば、ワンコイン(500円)でお釣りがくる南九州の温泉は、湯質・値段ともに最高だと思います。
現在の吉田温泉は、温泉街とは言えないほど、今ではものすごく寂れています。
温泉街と言うのもはばかられるくらい、ホテルや旅館などはなく、小さな町に二軒だけ浴場があるだけですので、そこが由緒ある湯治場であったことは、今では想像もつかないほどです。

さて、「亀の湯」ですが、扉を開けて建物に入ると、料金を支払うはずの番台には誰もいませんでした(笑)。
こういう緩さがまた宮崎・鹿児島の温泉の醍醐味ですね(^^)
脱衣場はおよそ八畳くらいでしょうか、当然更衣ロッカーなどあるはずもなく(笑)、脱衣籠が置かれた棚があるだけです。
浴場に入るドアを開けると、番台同様に人っ子一人いませんでした(笑)。
私が訪れたのは午後三時過ぎでしたから、中途半端な時間だったのでしょうね。
普段は賑わっているはずの地元の人もおらず、完全に貸し切り状態で入ることが出来ました。

温泉ですが、36度か37度くらいでしょうか、ほんと気持ちの良い、丁度良いぬるま湯です。
私は熱いお風呂よりもぬるいお風呂が大好きなので、まさに私が求めていた最高の温泉でした。
とにかく気持ちの良いの何の……。
これくらいの温度だといつまでも湯船に浸かっていられますね。
都会の喧噪を逃れて、片田舎で温泉に浸かる……。
まさに極楽気分を味わいました。

西郷が熱いお風呂が好きだったのか、ぬるいのが好きだったのかは知りませんが、きっとこの吉田温泉の何とも言えない心地良い湯の温度に酔いしれたのではないでしょうか。
私もまさに「気分快晴」な一日となりました(^^)

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吉田温泉「亀の湯」

【2014/10/10 17:15】 | 史跡巡り
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