西郷隆盛、幕末・維新史、薩摩藩に関する話題など、幅広く書き込んでいます
少し古い話題ですが、3月に嬉しいニュースがありました。
高校野球春のセンバツ甲子園大会に、香川県の小豆島高校が初出場を果たしました!

私は、他人から出身地を聞かれると、「大阪生まれの大阪育ちです」と言うのですが、厳密に言うと、私が生まれた場所は大阪ではありません。
オリーブの産地や壺井栄の『二十四の瞳』の舞台としても有名な瀬戸内海に浮かぶ島、小豆島で私は生まれました。

よく勘違いされるのですが、小豆島は兵庫県でも岡山県でもなく、香川県に属する島です。
私が生まれたのは、香川県小豆郡内海町草壁(現在の小豆島町)という場所なのですが、ここが私の母の故郷です。
私の母は就職のために小豆島を出た後、大阪で父と知り合い結婚し、大阪に住んでいましたが、私を身ごもると、お産のために実家のあった小豆島に帰り、小豆島の病院で私を生みました。
ですので、厳密に言えば、私は小豆島生まれの大阪育ちとなるのでしょうか。

小豆島は、私にとって、とても思い出深い土地です。
私の両親は大阪で飲食店を営んでおり、毎日多忙な日々を送っていたせいもあって、私が子供の頃は、毎年夏休みになると、弟と共に小豆島の母の実家に預けられました。
今はもう無くなってしまいましたが、私の子供時分は、大阪の「弁天埠頭」という港から、小豆島行きのフェリーの定期便が就航されており、私たち兄弟は、いつもそこからフェリーに乗り、祖父や祖母が居る小豆島に帰省していました。

小豆島に帰る前夜、私たち兄弟は、まるで遠足に行く前の日のように、気持ちが高ぶり、なかなか寝つけない夜を過ごしていたことを今も覚えています。
今でも弁天埠頭があった大阪の弁天町近くに立ち寄ると、とても懐かしい気持ちになるのは、毎年夏の小豆島帰省が、子供の頃の一番の楽しみだったからでしょう。
子供にとって夏休みは一番楽しい時期だと思いますが、その時期をいつも小豆島で過ごしていたせいか、私にとって小豆島と言う場所は、楽しい思い出が一杯に詰まった、とても愛着深い場所なのです。

私の母方の祖父、つまり小豆島に住んでいたおじいちゃんは、とても高校野球が好きな人でした。祖父は、夏の高校野球シーズンになると、いつも香川県地区大会(予選)のトーナメント表を壁に貼り、試合結果を一試合毎に丁寧にマジックで書いていました。
祖父は小豆島高校が香川県予選を勝ち進み、甲子園に出ることを夢見ていたのだと思いますが、祖父が生きている間は、その夢が叶うことはありませんでした。
その小豆島高校が、今年のセンバツ大会で甲子園初出場を果たしたのです。
おそらく祖父が生きていたら、ものすごく喜んだに違いありません。

実は、私も小豆島高校が甲子園に出ることをずっと願っていました。
小豆島高校の応援のため、香川県高松市まで、車を飛ばして予選を見に行ったこともあります。
今回の春のセンバツ大会出場がかかった大事な一戦、昨年10月に行われた香川県秋季地区大会決勝も、高松まで応援に行きました。
そのせいか、今回の小豆島高校の甲子園初出場は、自分のことのように本当に嬉しかったです。
もちろん、甲子園にも観に行きましたが、ご存じのとおり、地元・小豆島や全国各地の小豆島出身者が甲子園に集まり、試合当日の甲子園は、超超超満員の応援団が詰めかけました。

試合は、岩手の釜石高校に2対1と惜敗してしまいましたが、それでも小高ナインの雄姿が見られただけで、とても満足のいく試合でした。
是非、夏の大会も勝ち上がり、また、甲子園に出てもらいたいものです。
頑張れ! 小高!
(当日は余りにも興奮し過ぎて、試合の様子を撮影するのを忘れたため、画像がありません(^^;)

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甲子園のチケットです

【2016/04/20 17:22】 | 雑感
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